先週末は、江別 蔦屋書店で開催されていた「ムシキャンプ」というイベントに家族で行ってきた。
世界中のカブトムシ・クワガタに実際に触れられる企画で、
名前だけ聞くと夏らしくて楽しそうな響きだったのだけど、思っていたのと少し違う感情を持ち帰ることになった。
(土日は他にも細々とした出来事があったのだけど、今回はこの一件に絞って書いてみる)
一番印象に残ったのは、ヘラクレスオオカブトに触ったときのことだ。軍手をした手に、あの脚ががっしりと掴みついてくる。
子どもの頃は、カブトムシもクワガタも普通に素手で捕まえていた気がする。
夏休みに父親が捕まえてきてくれたカブトムシやクワガタを喜んで飼育していたはずなのに、大人になった今、目の前の大きな昆虫に対して、素直に「怖い」と感じている自分がいた。
私たちと同様に近隣から来たであろう子供たちや保護者はワンパクなのか、勇んで捕まえてしっかり観察を子供としていた。
中にはお母様も同様にやっていたので、ただ単に私がチキンなだけなのかもしれない。笑

この「怖い」という感覚は、どこから来たんだろうと考えた。
虫そのものが変わったわけではない。
変わったのは、おそらく自分の側なのだろう。
子どもの頃は、知らないものに対して「まず触ってみる」という順番だったのに、大人になると「これは安全か、大丈夫か」を先に考えるようになっている。
だって飛んできたりしたらめっちゃ怖いし。
経験や知識が増えたぶん、慎重になった、とも言えるし、感覚がすり減った、とも言える。
どちらの表現が近いのか、実はまだ自分でもはっきりしない。
最近よく感じるけれど、段々と感情の振れ幅も落ち着いてきた気がする。
これがミッドエイジ・クライシスなのだろうか。
(格好良く言ってみたけど、要は中年の危機)
うちのお子は親同様に結構なビビリちゃんなので、
最初はおっかなびっくり撫でるだけではあったけども、終盤は自分で掴んでみようと試みたりで、子供のやってみようという気持ちはとても素晴らしいと改めて認識しました。
考えてみると、「大人になる」というのは、できることが増えていく過程だとばかり思っていたけれど、同時にできなくなっていくこと・怖くなっていくことも確かにある。
ムシキャンプというイベント自体は子ども向けの体験企画だったはずなのに、
子どもの体験とは別である種の学びを持ち帰ったのは自分だったかもしれない。
またこういう機会があったら、今度は「怖い」で終わらせずに、なぜ怖いのかをもう少し思考もしてみたい。
そして、子どもがカブトムシやクワガタを掴んでいる横で、その様子をちゃんと見ておきたいと思う。案外、それが一番の学びになりそうな気がしている。
夏は、そんな小さな発見が転がっている。


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